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一瀬邦夫のwikiプロフィールに経歴に家族(妻+子供)!出身校に学歴に年収も!

 

 

今回は、「一瀬邦夫のwikiプロフィールに経歴に家族(妻+子供)!出身校に学歴に年収も!」という事で、いきなりステーキ社長の一瀬邦夫さんを紹介していきたいと思います。

 

一瀬邦夫のwikiプロフィール

一瀬邦夫の学歴に出身校

一瀬邦夫の経歴は?

一瀬邦夫の年収は?

一瀬邦夫の妻や子供の家族は?

 

などなどまとめて参りたいと思います。

 


 

一瀬邦夫のwikiプロフィール

 

一瀬邦夫さんのwikiプロフィールがこちらになります。

 

名前:一瀬邦夫

生年月日:1942年10月2日

年齢:77歳(2019年12月現在)

出身地:静岡県静岡市

職業:いきなりステーキ社長

正座:てんびん座

 


 

一瀬邦夫の学歴に出身校

 

一瀬邦夫さんは、1942年静岡県静岡市のお生まれとの事です。出身小学校や出身中学校に関しては、残念ながら情報がありませんでした。

 

高校に関しましては、千葉県市川市の日の出学園高等学校出身との事です。出学園高等学校の偏差値は63ですので、現在はそこそこの進学校ですね。

 

静岡県出身の一瀬邦夫さんがどの様にして千葉県の高校に入るに至ったのかは情報がありませんでした。

 

一瀬邦夫さんが生まれた家庭は、母子家庭で非常に貧しかったようです。さらに母親が病弱だったために、そんな母を助けるために中学時代から新聞配達や牛乳配達のアルバイトをしていたとの事です。

 

寝込んでしまった母のために、一瀬邦夫さんが料理を作ってあげることもあったようで、幼いころから苦労人だった事が分かります。

 

その様な家庭環境の経済状況もあったのでしょう。一瀬邦夫さんは高校卒業後は大学へは進学せずに、就職されています。

 


 

一瀬邦夫の経歴は?

 

 

一瀬邦夫さんは高校を卒業されてから、どの様にして大企業のオーナーになるに至ったのでしょうか。その経歴を追ってみたいと思います。

 

一瀬邦夫さんは高校後、「ナポリ」という東京浅草の洋食屋に就職されます。その後、母親の勧めもあり1960年に「旧山王ホテル」に転職され、料理人としてのキャリアを積まれます。

 

1970年、28歳の時に独立され、東京向島に「キッチンくに」をオープンされます。「キッチンくに」は、座席数12席の小さなレストランだったそうですが、これが現在の株式会社ペッパーフードサービスへと発展していきます。

 

1985年には有限会社くに(現株式会社ペッパーフードサービス)を設立され、代表取締役に就任されます。

 

1995年には株式会社に組織変更。2000年に上場宣言をされて、2006年の63歳の時に上場されたそうで、史上最年長で上場した社長さんになったそうです。

 

2016年Kuni’s Corporation Directorに就任され、現在に至ります。この経歴だけ見ると、順風満帆に料理人としてキャリアアップされ成功を手にされたように見えるかもしれません。

 

しかし、実際には会社を組織化してからも苦労が多く、1987年からは店舗数を増やして事業の拡大に踏み切りますが、経営がうまく行かずに倒産の危機に陥ったこともあるそうです。

 

一瀬邦夫さんはもともと怒らない社長で通っていたそうですが、社員に対する接し方を厳しい指導方針に切り替える事で、経営難を乗り越えたという事です。

 


 

一瀬邦夫の年収は?

 

 

気になる、一瀬邦夫さんの年収ですが、一体どれくらいあるのでしょうか?株式会社ペッパーフードサービスは上場企業ですので、年収が一億円を超える場合は、数字が公開されます。

 

一瀬邦夫社長の報酬等の総額は、1億1754万9千円(基本報酬:1億1508万円、ストックオプション:246万9千円)との事でした。

 

さすがにこれだけ大企業の社長さんとなれば、それくらいの年収があるのですね。

 


 

一瀬邦夫の妻や子供の家族は?

 

一瀬邦夫さんの妻や子供などの家族の情報はあるのでしょうか?一瀬邦夫さんは結婚されていますが、奥様を48歳の若さで亡くされたそうです。

 

現在は再婚され、2LDKのマンションで生活されてるようです。これだけの大企業の社長で、年収が一億を超えていますので、普通に考えれば大豪邸に住まれていてもおかしくありません。

 

2LDKのマンションとは貧しい幼少時代を過ごされた一瀬邦夫さんのですので、その頃のつつましい気持ちを大企業の社長になっても忘れていないという事なのかもしれませんね。

 

一瀬邦夫さんの子供が何人いるかは分かりませんが、ペッパーフードサービスの副社長が一瀬健作さんという方がされています。

 

一瀬健作さんの生年月日は1974年6月26日との情報がありました。一瀬健作さんが一瀬邦夫さんの息子さんと見て間違えないでしょう。

 

二代目社長として会社を継ぐべく、勉強されているのでしょう。

 


 

一瀬邦夫の成功は母のおかげで経営方針は馬上行動

 

この様にして成功を収めた一瀬邦夫さんですが、その成功の陰には母親の教育があったようです。日本がまだ貧しい時期に女手一つで育てられたので、非常に気丈な母親だったのでしょう。

 

一瀬邦夫さんが転職の決断をしたのは、母親の「日本で5本の指に入る料理人になれ」との言葉だったそうです。

 

また、一瀬邦夫さんが独立を決断したのは、母親の「いつまでも人に使われてるな」の言葉があったからとの事です。

 

この様に、一瀬邦夫さんの人生の分岐点には母の言葉がきっかけを与えており、今の地位は母親なしでは築けなかった事が分かります。

 

そんな一瀬邦夫さんが経営方針として大切にしているのは、「馬上行動」なのだそうです。どういうことかというと、馬に乗っているがごときスピード感を持って決断していくという事の様です。

 

特に、あれだけの大企業を束ねるとなると、社長の決断力に会社は左右されますので判断を間違えれば命とりでしょう。

 

かといって、決断が遅いとそれもまた命とりになってしまうので、スピード感を持った正しい決断力が経営には大切になってくるわけであり、その事を「馬上行動」という言葉で表しているのでしょう。

 


 

まとめ

 

今回は、「一瀬邦夫のwikiプロフィールに経歴に家族(妻+子供)!出身校に学歴に年収も!」という事で、いきなりステーキ社長の一瀬邦夫さんを紹介していきました。

 

最後までお読みくださりありがとうございました。


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